交通事故における労災保険と慰謝料との関係
1 業務中や通勤中に発生した交通事故
交通事故が業務中や通勤中に発生した場合、受傷者は、労災保険(正確には労働者災害補償保険)を使用して、治療費等を賄うことができます。
本稿では、このような労災保険金と慰謝料との関係に言及したいと思います。
2 同一損害に関する賠償を二重に受領することは認められない
当たり前の話ですが、同一の損害に関する賠償金を二重に受領することは認められません。
仮に受領してしまうと、重複分について、不当利得として返還義務が生じます(民法703条、同704条)。
では、労災保険金に慰謝料が含まれるのであれば、一体どうなるでしょうか。
先に労災保険金を受領した場合は、後日、示談金の一部として交通事故加害者から受領する慰謝料がその分減額されるでしょう。
他方、示談金の一部として慰謝料を受領した場合は、後日、労災保険に請求しても慰謝料相当額の労災保険金は減額されるでしょう。
同一趣旨に立つ法令としては、次のようなものがあげられます。
- ア 労働基準法84条2項は、使用者は、災害補償を行った場合は、同一事由について、支払った価額の限度で民法上の賠償責任を免れるとしている。
- イ 労災保険法12条の4は、労働者が損害賠償金を受領した際は、同一事由について、受領した価額の限度で労災保険金が給付されないとしている。
3 判例の立場
最判昭和58年4月19日(判例タイムズ497号89頁以下)では、労災保険は、労働者の被った財産上の損害の填補を目的としたもので、精神上の損害の填補の目的を含まない等と述べ、労災保険と慰謝料は重複しないとしました。
つまり、労災保険金または慰謝料のどちらか一方を受領したことによって、もう一方が減額されることはないということです。
通説も、この判断を是認しています。
4 その他の問題
ところで、労災保険からは、財産上の損害に対する填補のほか、特別支給金や特別年金・一時金が支払われることがあります。
受傷や後遺障害の程度によっては相応の金額となることから、精神上の損害がまったく填補されていないのか、多少なりとも満足が得られているのではないかという疑問が提示されることがあります。
少数派とはいえ、被害者が労災保険を受給したことを慰謝料算定の際に考慮してもよいとする説があるほか、同様の立場と思われる裁判例もあり、今後の展開が注目されます。