加害者通勤中の交通事故における相手方勤務先への損害賠償請求の可否
1 相手方の勤務先への損害賠償請求
通勤中の車にはねられて怪我をしたものの、その車には自動車保険が付保されておらず、運転者も十分な資力がなかったとなると、この運転者から十分な賠償を受けるのは難しくなります。
このような加害者通勤中の交通事故において、加害者の勤務先会社に損害賠償請求することは可能でしょうか?
2 使用者責任(民法715条)における事業執行性の解釈
使用者責任は、雇っている被用者が他人に損害を与えた場合は、原則として雇い主が使用者としての賠償責任を負うという考え方です。
使用者責任が成立する要件は、被用者の行為が一般不法行為(民法709条)に該当することに加えて、ある事業のために当該加害者を使用するものであること(使用者性)、及び、事業の執行について第三者に加えた損害であること(事業執行性)です。
通勤中は、業務中とは異なり、使用者の指揮監督下にあるとは言い難いことから、事業執行性を満たすかどうかが主に問題となります。
事業執行性は、「広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合で足りる」と考えられています。
いわゆる外形理論です。
外形理論を前提にすると、社用車で通勤しているような場合は、事業執行性が肯定されやすいと考えられます。
他方、個人所有の車で通勤しているような場合は、個別具体的事情を評価・判断していくしかなさそうです。
3 個人所有の車での通勤に関する肯定事例
神戸地判平成16年7月7日(交民集37巻4号895頁)では、加害運転者が勤務していた市立学校の地理的状況から、マイカー通勤以外は困難であること、同校の教員全員が自動車で通勤し、それが容認されていたこと等を捉えて、事業執行性が認定され、市の使用者責任が肯定されました。
東京地判平成26年3月27日(交民集37巻4号895頁)では、加害運転者の勤務終了が午前2時ごろで公共交通機関での通勤が事実上困難であること、勤務先から通勤者用の駐車場が用意され、ガソリン代が支給されていたこと等を捉えて、事業執行性が認定され、雇用主の使用者責任が肯定されました。
4 個人所有の車での通勤に関する否定事例
奈良地葛城支判平成12年7月4日(判時1739巻117頁)では、使用者は自動車通勤を黙認していたものの、使用者業務に使用したり、自動車通勤を奨励したりしたことはなく、被用者の個人的便宜のためにすぎない等として、事業執行性が認められず、雇用主の使用者責任が否定されました。
大阪地判平成25年7月16日(交民集46巻4号946頁)では、使用者からの駐車場の提供や燃料費の支給はなかったこと、車(※ 本件では原付)以外での通勤が困難であるという事情もない等として、事業執行性が認められず、雇用主の使用者責任が否定されました。
5 勤務先に請求できるかは弁護士にご相談を
これまでみてきたように、加害者通勤中の交通事故において、相手方勤務先へ損害賠償請求できるかを判断するには、高度の専門性が求められます。
お悩みの方は、当法人にお気軽にお問い合わせください。